カメラに街の真実を収めようとした





一年半ほど前に初めて日本に来て鹿児島の撮影をしました。あまりに新鮮さに溢れててて、とてもビジュアルな街に見えました。イギリスでは大抵、テーマを絞って撮るのですが、今回はかなり広い範囲を歩いて、自由に感じたものを撮りました。とくに興味を惹いたのは仕事も休んでるところも含めた日常生活でした。

(S1)は、志布志のスーパーの外で、写真撮ってもいいですか?と聞いたときのリアクションの写真です。 撮ったときには分からない、あとから分かるところ、それが生活ぶりのヒントとなるところが面白いですね。

(S2)は、鹿児島市内でパレード見てるおじさんで、僕の背中では大勢の人が行き来してるんです。賑やかさの反対側を見てみる。自分の本能と反対を撮ることで、写真はモノを反対にしたり裏側が見えるのが面白いと思うんです。ガイドブックを見てしまうとある意味、カメラを向ける場所を指示されてる感じですが、それは自分の感覚に従ったことではなく、ホントの自分の感覚は別のところにあるんじゃないかと思うんです。事前の日本の情報を集めると、桜が咲き誇り、鯉が泳いでるとか、そういう先入観が出来上がってしまいますが、それとは違うところに惹かれます。

写真を撮りながら、自分がイメージした日本と実際の日本の間を探していきました。それはたぶん日本人がロンドンに来て、バッキンガム宮殿やビッグベンや二階建てバスの写真を撮ると思うのですが、実際のロンドンという街は全く別の場所にあるのと一緒だと思ったからです。


(S3)は、祭りの日に宝くじ売り場の女性。写真家が街の写真を撮るときに、大抵、本人は全く存在してないように偶然のものとして現そうとしますが、実際には写真を撮られる意識や写真家もそこに存在してるわけです。ですからこの写真では、それも見える写真を撮ったということです。良く見ると右に私が映り込んでますよ。人のポートレイトを撮るということは、撮る人、撮られる人がコミュニケーションし、協力し合ってることで、作品はコラボレーションであることをこの写真では現してます。(S4)は、志布志の交差点で信号が赤に変わる度に撮った写真ですが、これも同じことが言えますね。

(S5)は、仕事中のところカメラを向けたので、ちょっと中断してるところです。ロンドンもそうですが、鹿児島でも街の現場を動かす人の姿に興味があって、掃除や電気修理や道路工事など、街を支える人たちが面白い。

(S6)は、10分前にこのおじさんと出会って、言葉も分からないまま、ここに連れてこられて、撮る位置やとる場所、ポーズまでおじさんが決めた写真です。

(S7)は、サボテンが嬉しそうな姿に見えますね。(S8)は、志布志のジョイフルで、男の子の孫がトイレに行ってるところです。こういう何気ない一瞬が面白い。

人がナニカに取り組んでいるというのがテーマとして好きです。(S9)の、ジャケットがかかってるだけのこの写真も、これでそこに、そいいうことをした人がいることがわかるし、こういう細かいディティールの表現が好きです。













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