PandAインタビューシリーズ「この人に聞きたい!」

Ⅱ PandAインタビューシリーズ「この人に聞きたい!」  第1回

このシリーズでは、アーティスト、クリエイター、学芸員など、文化芸術の現場にいらっしゃる方々に、それぞれの現場でしかわからない、その世界ならでは貴重なお話を伺っていきます。

第1回目はイラストレーターの大寺聡さん。

PandAが昨年12月に開催した「触れる造形展 2007」のポスター、パンフレット等のデザインをしていただきました。
会場で無料配布したパンフレットは「これ、無料でいただいていいんですか?」と多くの方が聞き返すほどの素晴らしいデザインで、展覧会の顔を作っていただいたクリエーターさんです。
アートとデザインの違いや、仕事をする上での姿勢など、クリエイティブのプロとしての熱のこもったお話をいただきました。

(聞き手:早川由美子 取材日: 2008.2.17 大寺さんの自宅スタジオにて) 大寺 聡さんプロフィール
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大寺 聡(おおてらさとし)

1966年生まれ 1990年・武蔵野美術大学デザイン学科卒業。以降、フリーイラストレーターとして活動。2000年・活動拠点を東京から現在の日置市吹上町に移す
【展覧会】
2004年文化庁メディア芸術祭審査員推奨作品
1999年、2001年、2004年 個展 HBギャラリー(東京・表参道)
2006年グループ展「クロニクル」タカプラギャラリー(鹿児島)
2007年グループ展「サツマティック」hpgrp gallery(ニューヨーク)
2008年グループ展「サツマティック」A NEW SHOP RAI RAI(鹿児島)
【仕事歴】
鹿児島では南日本放送のカレンダーやキャンペーンのイラスト、SYNAPSEのメインビジュアル、映画「チェスト」のアニメーション部分を担当。
東洋経済新報社「会社四季報」表紙、「PC MODE」「日経PC21」「Yahoo!internet」「Airport Magazine」「chopsticks new york」などの雑誌、「au by KDDI」「ぽすたるくらぶ」などのウェブサイト、ジャンルを超えた活動を展開しています。
【website】
http://www.ohtematic.com/

CHAPTER 1 「デザインの仕事は共同作業」

早川)
大寺さんとは2年前に初めてお会いしてから、いつかお仕事できたらと思っていたんです。
今回、「触れる造形展2007」では、すべてにこだわりを持ってやろうと思っていた中で、ポスターについても、私の意中の方にお願いできたらと、大寺さんに声をかけさせていただいたんですよ。
受けていただけて、とっても嬉しかったです。
大寺)
それはどうもありがとうございます(笑)。
今回はデザインの仕事の依頼だったので、僕としては通常通りに引き受けさせていただきました。
ただ、依頼者がNPOということと、造形展の作家の方々はボランティアであるということを聞いて、普通の仕事とはちょっと違うのかなととは思いました。
ただ、基本的なラインはいつもの通りでしたよ。
早川)
お願いの第一報が、ちょうど昨年秋のニューヨークでの「サツマティック展」が開催されていた時期だったので、ポスターデザインの第一案がニューヨークから届いたなんていうドラマチックな幕開けでした(笑)。
でも、実際には3回も描き直しをお願いして最終的なカタチになったわけで、ずいぶんと手をわずらわせてしまいました。
大寺)
いえいえ、それは全然ないですよ。通常の直しっていうのは、早川さんからのオーダーのレベルじゃないですからね。もう、色とかカタチとか、いっぱい細かい直しがくるものなんです。
それはアートとデザインの違いでもあるんでしょうけど、僕は修正についてはまったくストレスはないんです。
デザインの仕事はお客さまとの共同作業と思っています。僕にとっては、クライアントの希望にどれだけ応えられるかが、満足の度合いになるんです。だから名前も入れないで欲しいというのはそういう意味で。
早川)
えーっ!そうなんですか?実は一回目の案を貰って、それに対して注文をつけるときに、ものすごく躊躇したんですよ。ただ、私もこだわりがあったので、ここで言わなかったら一生後悔するなんて思って、いろいろ変更をお願いしたんですが。
大寺)
いえ、その改善案は理にかなったもので、何度も言っていただいてよかったですよ。
早川)
ああ。それ聞いてホッとしましたー。
やはり私はアートの世界の考え方なので、作者が表現したものに対して、あれこれ言うのはすごく失礼なんじゃないかと悩んでまして。
大寺)
それは全然心配ないですよ。むしろ僕の場合は他人のアイデアが盛り込まれる事で、作品が良くなるパターンの方が多いんです。
1から10まで自分の好きなもので埋め尽くされた絵は、ほとんど理解されない。
僕は理解されないモノは絶対に作りたくないんです。僕は「スターウォーズ」に影響されて、この世界に入ったんですが、全世界の人が見て分かる、ということが僕にとっては価値のあることなんです。
アートの世界では自分の思いだけで、誰にも見られなくてもいいっていう勢いで作品を作ってらっしゃる方もいるかも知れないけど、そういう方とはタイプが全く違うんです。

鹿児島で今年3月15日から4月20日まで開催された「サツマティック展」のパンフレット

昨年10月に開催されたニューヨークでの「サツマティック展」の様子(ブログより)

鹿児島での「サツマティック展」の様子
Photo (c)Tomovsky この人に聞きたい!

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Ⅱ PandAインタビューシリーズ「この人に聞きたい!」  第1回  大寺聡さん

CHAPTER 2 「手、それ自体をキャラクターにしてみた」

早川)
クライアントが喜ぶことが自分のやりたいことっていう価値観って新鮮です。
大寺)
そうですね、クライアントっていいますか、伝えたい思いとしてのアイデアがデザインに落とし込まれて、不特定多数の人が作品に接して一瞬にして分かる、っていうことが好きなんですよ。
大量生産と不特定多数の目。それがデザインの魅力だと僕は思ってるんです。

早川)
私はポスターもパンフレットも大寺さんの作品として捉えていて、それなのに私も3回も描き直ししてもらっちゃったという申し訳なさと同時に、だからこそ私自身にも愛着があるんです。
大寺)
あはは、それは嬉しいですね。あと、このポスターの場合、最初から参加される作家の方をお聞きしてて、何人かの方は僕も直接、知っていたということもあり、その方たちの誰か一人の作品を思い起こさせるデザインであってはいけないと思ったんですね。
全体を想起させるようにしないと。で、いつも僕が描いてる絵とも変えないといけないとも思ったんです。
早川)
ええ、ですので、私も初めの案をいただいたときに、まず、今までの大寺さんの作品のイメージと違って新たな面を見せていただいたなって思ったんですよ。
で、大寺さんの今までの作品を知ってる方たちも、今回の作品が大寺さんのものだとすぐには気づかない方が多かったんです。
大寺)
今回は「触れる」という視覚的に表現しづらい抽象的なテーマだったので、その言葉をなにかに置き換える作業が必要で、そこで視覚に障害のある方は指先に目がある、という発想から「手」、それ自体をキャラクターにしてみたんですね。
早川)
会場にも来ていただいて、実際に展覧会を体験されていかがでしたか?
大寺)
そうですね、あれだけ次々に作品に触れて楽しむってことは初めての経験でした。
最初はちょっとドキドキしましたね。どうしても「触れてはいけない」っていう先入観がありますから。触れていいんだという安心感が得られてからは、どんどん楽しめました。
早川)
作品展に来てみて、自分の作品はどう思われました?
大寺)
自分の作品であるイラストの部分はなかなか客観視できないんですが、案内ハガキとパンフレットでやった表面が部分的に盛り上がる「バーコ印刷」はよかったですよね。
早川)
そうそう、これはご提案いただいて、印刷コスト的には割高になるんですが、思い切ってやってみて、本当によかったと思っています。
この仕掛けの効果はものすごいですね!手にしてみて、「わー!高かったでしょ!」って人や、「わー!面白い!」って人とか、その反応も面白かったですし。
会場では、視覚障害の方々も、これを手にして、ずっと触れてました。多くの方がこれを持ち帰れる作品として大事そうにお持ちになってましたよ。
今回は、この仕掛けのある案内ハガキからすでに「触れる造形展」がスタートして、実際に会場へ、そしてパンフレットを持ち帰るというところまで、「触れる」テーマを一環して発信できたと思ってます。
この印刷物のおかげでホント「造形展」が大きく膨らみました。
大寺)
「触れる造形展」は鑑賞者の滞在時間が、「触れる」ことによって普通の展示会に較べて何倍かになってますよね。
制作者にとってはどれだけの時間作品に向き合ってもらえるかが、大きな意味を持つわけで、そういったことからも、この展覧会は意義深いですね。
早川)
そうなんです。滞在時間も長いし、リピーターも多かった。もちろん入場無料ってこともあるんでしょうけど、ありがたいことに、お客さまの中には、これが無料なんですか?という声もずいぶん聞かれました。
また、そういうことを意見としてアンケートに書いてくださる方もいらっしゃることも嬉しかったです。
大寺)
実は僕はこの展覧会にポスター、ハガキ、パンフレットのデザインで係わってデザイン料をいただきましたが、展覧会自体が無料であることが気になっていたんです。
お金は取っても何か、キーホルダーみたいなものをあげて、入場料でそれを買ったというような気持ちになってもらうとか。
早川)
それでいけば、入場料をいただいて、このパンフレットを渡すだけでも、十分意味があったんじゃないかとも思いましたよ。
これをタダで貰っていいんですか?とも何度もきかれましたからね。それほど価値を感じられたということですものね。

樹脂で部分的に盛り上げるバーコ印刷

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Ⅱ PandAインタビューシリーズ「この人に聞きたい!」  第1回  大寺聡さん

CHAPTER 3 「アートとデザインの違い」

早川)
今回は会場での案内役としてのボランティア研修を展覧会に先駆けて10回やったんですが、それは会期中だけのボランティアという意味じゃなく、作品と作家にも触れて、展覧会を一緒に作っていってもらおうという意図だったんです。
講師には作家さんにもなってもらい、とても好評だったんですが、大寺さんにも、次回、参加いただけませんか?
大寺)
僕はアートと違う立場ですからどうなんでしょうね?
早川)
そのアートと違うってことを分かっていただくことも、大きな意味がありますよね。
発想からそれをどうやって表現していくか?デザインの現場の苦労話みたいなこととか親しみが持てて面白いんじゃないかと思うんですよ。
大寺さんの作品を知っていて、作者はどんな人なんだろうって思ってる人はいっぱいいるんですよ。
今回の「触れる造形展」のメインシンボルが、作っていただいたポスターデザインだったわけで。入口のところに掲げてすごく映えてました。
大寺)
あはは、あれ、大きかったですよね。まあ、イラストレーションとデザイン、みたいな話なら出来るかも知れませんね。
僕も専門学校で月に一度教える機会があるんですけど、アートとデザインの違いを分かってない人が多いんですね。
僕は完全に分けて考えたいタイプなんですよ。しかも、どっちつかずで社会に出てしまう人が多いんです。
ほんとはアートやりたいけど、就職はデザインしかないから、とりあえずデザイン事務所に就職するとか。
早川)
ええ、そこらへんがトラブルの元になることって多いですね。それは金銭面もそうですし、デザインに対するスタンスの違いで、いつまで経っても話が平行線とか。
大寺)
あと、最近はハイレベルアマチュアとかセミプロみたいな人が多いんですが、そういう人たちもプロになるなら、プロを目指して欲しいし、趣味なら趣味でやって欲しいと。
そういう微妙な立場の人がデザインの価格を下げてしまうということがあって、ホントにアートをやる人が食べられないという事態を招く。
例えば一日かけて描いた絵を1000円で売る人がいる。そうすると絵ってこんなものなのっていう認識を持たれてしまう。ホントにプロのなるつもりの人はそんな値段をつけちゃいけませんよ。
早川)
そのあたりのことをきちんと伝えていくことも作家支援と言えますね・・・。
大寺)
どうしても鹿児島という器の小ささってこともあるんですが、大作家の鹿児島市立美術館でやってる催し物と、趣味でやってるサークル展とかが、並列して催しものとして告知されてたり。
そういうものも受け手がちゃんと識別できるかというとどうかなと。あと、グルメ情報とアート情報が同じだとか。何か区別して欲しいなという気がしてるんです。
早川)
「触れる造形展」会場の出口には募金箱をおきまして、無料だったけど来年にむけて支援してくれる人はよろしくという意味だったんですが、けっこう入っていまして。
大寺)
はい、僕も入れました(笑)。
早川)
入場料を決めて、ソレよりも良かったって思う人はこちらに入れて、というのもありだし。
私は鑑賞者も展覧会を作っている一部だと思っているので、そういう参加もあるのではと。
大寺)
面白いですね。イラストの個展の場合は入場料は取りませんが、会場で商談がいくつも発生しますからね。
いい展覧会をやれば、自分のやりたいことを創る側が見せて、そこに経済的な流れが生まれる。気軽にグッズやポストカードや作品集など、気に入ったから買うという。
でも、アートの場合は一点ものですから、そこにあるものを買わなければならないという意識があるでしょうし、価格もそれなりになりますよね。
早川)
なるほど、根本的に違いますね。
大寺)
今のデザインの場合はデジタルデータですから原画かどうかというのは、ほとんど問われない。
使用料の体系は決まってますし。僕も20年やってますが、徐々にギャラが上がるってことはなくて、書籍の表紙ならいくらと。
新人もベテランも、年齢も地位も関係ないというその点が僕は好きなんですよ。純粋に作品の情報に価値が生まれているという、そこがいいんです。
デザインは、いわゆる富裕層などをターゲットにしてません。アートはどうしてもある程度の富裕層を意識する必要があるでしょうけど。

2002年 オンセントシ

2004年 文化庁メディア芸術祭審査員推奨作品ナロウ・レンジより「異なる考え方の人々」

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Ⅱ PandAインタビューシリーズ「この人に聞きたい!」  第1回  大寺聡さん

CHAPTER 4 「情報インフラの整備を!」

早川)
今後、どんなことをやっていきたいですか?
大寺)
実は僕が今住んでいる、日置市永吉のこの地域もそうなんですが、鹿児島にはけっこうあと何年かしたら集落の機能がなくなると言われているところがあるんです。
ここもどんどん不便になってまして、それをなんとかくい止めて人を呼び戻すにはどうしたらいいかということをよく考えるんです。すごい抽象的なんですが、ただ、イラストやデザインで何ができるんだという歯がゆさがありまして。
早川)
地方の人口減少や郡部での過疎化はずっと進行してますものね。
大寺)
美術館的なイメージの施設であるとか、地元の商店街からの町おこし策とか、何かやりたいんですよね。
とにかく郡部は鉄道もどんどん廃線になって、道路をよくすれば人はどんどん流れ出ていってしまう。ここでは鹿児島市内へ行くバスも一昨年なくなったんです。
今は、クルマのない人は、伊集院に一旦出て、そこから列車でいくしかない。
引っ越した方が安あがりだってことで出ていく人が多いとは思うんですが、ただ、残る方々はその土地を守っていくという意識でいますから、簡単に引っ越すという訳にはいかない。
だから新たに人が入って来るような、この地域自体を魅力的にする仕掛けを作りたいんです。そんな中、情報インフラは地方に人をとどめる有効策なのに、鹿児島は全国の中でもとくに遅く、ここには ADSLさえ来ていない。
早川)
ええっ!そうなんですか!
大寺)
今はネットコンテンツのほとんどがブロードバンドを基準にしてるんですけどねえ。
NTTも九州電力も動かないので、あとは行政が主導でやっていってもらうしかないので役場にも陳情書を出したんですよ。

早川)
確かにクリエイターの方々の中では、ネット環境を利用すれば地方でも中央の仕事ができるようになったということで、地方在住される方も増えたと聞きますが、そういう意味で情報インフラ、なんとか改善されるように祈ってます。お忙しいところありがとうございました。

取材を終えて

いつも、のびやかで小気味良い、大寺さんの作品世界が好きな私ですが、すべてが彼の描きたいモノではない(かもしれない)というのは驚きでした。クライアントの希望なら、自分は「緑」がいいと思うところも「赤」に変える。普段、ファインアート(※1)を中心に接している私には、それと対局にある世界を感じました。そして、でも実は、そういう価値観で作られているモノの方が、世の中にはたくさんあることにも改めて気づいたりして・・・。そうでありながら、誰が見ても「あ、大寺さんの作品だ♪」とわかる彼の絵。やっぱりスゴイって思う。でも・・・一度でいいから、その1から10まで好きなものを描いた絵っていうのも見てみたいなぁ。(早川)


※1ファインアート:「商業美術」に対して、芸術的な意図のもとに制作されたものとしての)美術。絵画・彫刻・建築など

アパートメント

溝辺空港

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